matsuzawa27 of Modern Freaks Web Ver.0.9

『エロスの原風景』
刊行記念
松沢呉一
インタビュー27

集大成の
エロ本クロニクル。

Interview & Photo
by fukumitutika(Modern Freaks)
2009年6月某日収録






Profile
松沢呉一(まつざわくれいち)
1958年生まれ。ライター。現在は、月刊『実話ナックルズ』(ミリオン出版)、『スナイパーEVE』(ワイレア出版)、『お尻倶楽部』(三和出版)等の媒体に連載中。その他著書として、『風俗お作法』(しょういん)など。自ら有料メルマガ『マッツ・ザ・ワールド』を配信。ちなみに、『エロスの原風景』は『実話ナックルズ』の連載を大幅に修正・加筆して構成したもの。

YouTube、マリファナを始めとした各種ドラッグ、さらにはマニア系エロ雑誌までその無闇とまで思われるほどに広い博識で名を馳せるライターの松沢呉一氏。彼が、日本最大級の各種エログロ誌蒐集家であり、彼が甚大な時間と労力、そして私財を注ぎ込んだコレクションが遂に単行本『エロスの原風景』として好評発売中。その完成を機に、大好物の韓国背骨鍋“カムジャタン”を食べながら新刊単行本についての話を伺うつもりが、出版業界の構造を網羅するという長い長い話に。インタビューも佳境に入ってきたということで、『エロスの原風景』のセールス・トークを超え、むしろ松沢氏自身の奥へと潜ってゆくような話題に。なぜ氏はこんなにも奇異奇特な商売をするに至ったのか。そしてそれを辞めるに至ったのか。今回は、笑いも少なくなってきた第27回!



T-1.jpg9月30日に行なわれた、なべやかん主催のトークナンバー1決定戦イベント『T-1グランプリ』にて審査委員を務め、一同に自らの肩の痛さをアピールする松沢氏。ややウケ。

風俗ライター廃業について。


——僕はだいたい知ってますけど、そもそも風俗ライターを辞めた事情を改めて説明しておいた方がよくないですか。

「もうあんまり語りたくなかったりもするんだけど、たしかに知らない人もいるだろうから、涙を流しながら語るか(笑)。直接のきっかけは風俗取材の仕事がひとつもなくなったから。仕事がないのに風俗ライターって名乗るのは虚偽だろ。自分で辞めたんじゃなくて、メディアから見捨てられたと言った方が正しい。そうなったのは風俗メディアが崩壊したことにある。その上、条例が強化されたり、東京都の風俗産業潰しが強まって、風俗記事がやりにくくなって、専門のメディア以外も、今から5〜6年前に、手を引いたところが多い。ムックも乱発で以前ほどは出なくなって」

——エロ雑誌自体、たしかその辺からみるみる部数が落ち始めたんですよね。

「雑誌がダメになっても、本が売れれば、単行本でやり続けることができたんだけど、全然売れなくなった。半年で千部程度しか売れないのが続いて、さすがにもう無理だと思うしかなくなった。メディアに見捨てられるだけならまだしも、読者にも見捨てられたってことだからさ。風俗店の客、風俗店のスタッフ、風俗嬢の中の3,000人が確実に買ってくれていればよかったけど、1,000人しか買ってくれないんだから、風俗産業にも客にも見捨てられたってわけよ。風俗産業にとっては、オレを風俗ライターにしておいた方がよかったと思うんだけどね」

——業界を代弁するスポークスマンがいた方がいいってことですか。

「代弁する気はないけど、現場を知っているから、不当に規制することに対して批判はする。あと、風俗ライター時代は、一般誌からも、情報提供や解説を求められることが多くて、どういう法律や条例で、どう規制されつつあるか、どこの地域でどう警察が動いているのかなんて解説もできたから、一般誌にとってもオレみたいな風俗ライターは重宝な存在だったと思うんだけどね。激論するような場でもオレは臆せず出かけていったし(*1)。そういう存在はあんまりいないから、風俗産業をめぐる討論みたいなことも今は成立しにくくなっているんじゃないかな。若手でそういうのが出てきているかもしれないけど」

——いやぁ、惜しい人材をなくしましたね。

「そうそう、交通事故で即死とは。って、死んでねえよ。でも、見捨てられただけじゃなくて、こっちから見限ったところもなくはない。規制に反対しないメディアに絶望した。あれだけ好きだった歌舞伎町が石原都政によって壊滅に追い込まれ、空き地ができて、空きビルばかりになって、オレのような力のないライターがいくら反対したところで無駄だって悟った」

——松沢さんが予想していた通り、歌舞伎町は死んだ街になってしまいましたね。

「商店会も浄化に力を貸して、今は酒屋も食い物屋も売り上げを落として四苦八苦している。自業自得。あいつらが望んだ通りの街になっただけだよ。いかがわしいものが消えた街に人は集まらない。オレは今現在の風俗産業に興味をなくして、ネットで調べることもなくなって、どうなっているのかまったくわからないので、今現在の風俗産業についてはもう語れない。仕事として頼まれれば今も取材はすることがあるけど、以前ほどの熱意は持てない。だいたいやることをやって単純に飽きたってこともあるんだけどさ」

——他人がやっていることをやりたくないだけじゃなくて、自分がやったことも繰り返したくない。

「知らないことを知りたい。ライターとしてのモチベーションはそこにあって、歴史についてはまだわからないことがいっぱいあるからおもしろい。中国の風俗産業を見て回ったのもおもしろかったな。だから、本をまとめるのは興味がない。オレにとってはとっくに知っている話だからさ。本を出す経験がなかった時代は、本を出すこと自体が刺激になったけど、これもとっくに慣れちゃったしな。今回は自分で売るという工夫をしているので、ちょっとおもしろいけど」

——じゃあ他に、エロ本蒐集から見えてきたことを教えてください。

「カストリ雑誌でいえば、集めていくうちに、今では考えられないくらいに発行所の場所が多様なことに気づく。今も世田谷区にある出版社はあるけど、当時は世田谷区、杉並区、北区、練馬区といったように、発行所が都内全域に存在している。神奈川や埼玉にもある」

——版元が空襲で焼けたりしてますよね。

「戦前からの版元が都心から移転したケースもなくはないだろうけど、それよりも、新興の版元が多いってことだ。会社名さえなくて、発行が個人名になっている雑誌も珍しくない。しかも、版元は首都圏だけじゃない。名古屋、大阪といった地方都市にも存在している。大都市ならまだわかるけど、京都、岐阜、岡山、山形、福岡、金沢といった場所で発行されているカストリ雑誌があるんだよ」

——タウン誌状態だ。

「まさにエロのタウン誌。なぜそんなことになったのかといえば、大きくふたつの事情があって、ひとつは、流通が崩壊したから。それまで本の取次は、日配という会社に統合されていたんだが、戦争と敗戦で崩壊する。戦争が終わって、日本人は、活字に対する飢餓状態になっているのに、読むものがない。そこで、雑誌は各地域で作る必然性が出てきたんだな。もともと出版社があったわけではないので、印刷屋のオヤジや本屋の経営者、闇市で儲けた人たちが雑誌を出し始めた。東京で出版をやっていた人が戦地から田舎に引き揚げて、生活のために始めたり。敗戦によって出版が自由になったとはいえ、占領軍の検閲があったので、ピカドンについては書けないし、戦記ものも難しい。比較的エロはゆるかったので、エロ雑誌が各地で出される。やむなくってだけでなく、その需要もあったから、売れるわけだ。戦前はエロに対する規制は強くて、とりわけ敗戦までの十年くらいはほとんど出版できなかったから、人々はこぞってエロを求めたし、戦争に負けたことの実感をエロで得た」

——地方で雑誌が作られたもうひとつの理由というのはなんですか?

「物資の不足だ。紙は統制品だったので、雑誌を出したくても、肝心の紙を入手できない。しかし、再生紙である仙花紙は統制外だった。それで、仙花紙のカストリ雑誌が乱立したという事情がある。仙花紙というのは便所紙みたいなもんだ。東京でいえば浅草紙。東京にも古紙は集まりやすかったし、再生紙が作りやすくはあったんだろうけど、さっき言った中で、岐阜、岡山、京都は和紙の産地なんだよ。再生紙は、古紙をほぐして漉(す)き直す。つまり、和紙の技術があれば再生紙が作りやすい。特に岐阜は複数の版元があって、双葉社もそのひとつ。あの会社は地方の版元が潰れる前に東京に進出して、今も生き残っている。岐阜は美濃紙の産地だからさ」

——エロ本から出版の歴史そのものが見えてくるってことですかね。

(続く)

*1=激論のひとつはこちらで読める。

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松沢呉一『エロスの原風景』
江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 

定価=2,800+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入り
2009年07月刊行
ポット出版